梅野源治インタビュー Vol.0

インタビュー

梅野源治インタビュー Vol.0

「なんで戦うんですか?」
単純、ややもすれば失礼なことを梅野源治に聞いてみた。

「やっぱり男だったら、格闘技見て凄いなって思わない人いないと思うんですよ」

野暮だった。当たり前。WBCムエタイスーパーフェザー級世界王者。たったひとりで本場タイに斬り込み、2015年にそのタイのトップランカーに勝った実績を持つ 28歳に戦う理由なんてない。

「子どもの頃から、負けず嫌いでした」
とは言う。

「ゲームをやってても、負けそうになったらすぐに電源を切ってました。50メートル走も友達に勝つまで何度もやる。繰り返して走ってると、相手は疲れるし、心が折れる。で、最終的に勝ったところで『はい、今日は終わり』と」

じゃあなんで負けず嫌いになったのか。その理由は本人にも分からない。「アスリートあるある」だ。闘争本能は、おそらく「食欲」「母性愛」「恋愛感情」といった他の本能とはちょっと違う。誰にでも平均的にあるわけじゃない。強い人、弱い人がはっきりと分かれる。

ただ、梅野自身思いつく背景は「K-1をテレビで観ていたこと」。88年生まれの梅野は、中高時代にK-1が盛んに地上波で放送されていた時代を過ごした。よくある10代だ。憧れはヒョードルだった。技をマネして遊んだりした。ただ、体型が違いすぎて同じスタイルを目指しはしなかったが。

かわりに梅野に聞いた。
「じゃあプロの格闘家としての喜びは?」

応援されることだ、という。
「いわば他人である俺の夢をわざわざ観に来て下さるわけです。休日に一日使って、わざわざお金を払って。勝ったら一緒に喜んでくれて、負けたら一緒に悲しんでくれる。デビュー戦(2007年)のことを今でも忘れられません。ファンの方たちは5000円もするチケットを買ってくださって。勝ったのは俺なのに、自分のことのように喜んで下さった。それが衝撃で。すごくうれしかったんですよ」

格闘家は、リングで生き様を描く。
梅野源治の言葉からは、そんなことを感じた。

新しい世界での葛藤

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ひとりで戦う。
梅野が取り組むムエタイをはじめとした格闘技は、一人で相手に立ち向かう。

そのルーツは中学生時代にあったのではないか。東京都江東区で幼少期の多くを過ごした梅野は、小学校高学年の頃に子どもながらの決断をする。

中学校受験だ。
「妹は小学校から私立に通ってたんです。親には『妹だけずるい』と主張したらしいんですが、よく憶えていなくて……」

文京区の学校に合格した。
すると、そこから”ひとり”になった。

「最初はすごく後悔しましたよ。当然、仲のいい友達はみんな地元の中学校に行くわけですから。私立に行ってよかったと思えたのは、ずいぶん後のことでした」

細い目で威嚇し、テクニックで相手を陥れる。リング上でそんな姿を見せる梅野だが、そこを離れると、葛藤や不安をあまり隠さない。

13歳の頃の決断には、少し後悔があったと。なにせ新しい環境では「そこまでの自分」が通用しないのだ。

「喧嘩が強い。そんな自分はいったん封印して、まわりとコミュニケーションをとる必要がありました。そこまでも周囲と仲良くはしていたけど、喧嘩っ早い部分はあって、そういうキャラで認識されていましたから」

地元の仲間とは言葉がなくとも繋がり合える、といった良さがあった。いっぽうで、新しい環境では「自分の意見がすべて肯定されるわけではなかった」(梅野)。

ちょっとした勝負だった。新しい世界で自分を伝えなければ、”孤独”が待っているのだ 。

インタビュー、書き手:吉崎エイジーニョ

次回へ続く