森井洋介インタビュー vol.1 キックボクサー”野良犬2世”の原点とは

インタビュー

森井洋介インタビュー vol.1 キックボクサー”野良犬2世”の原点とは

森井洋介

12月5日「KNOCK OUT vol.0」でヨードワンディ・ニッティサムイとの対戦が決定した、”野良犬2世”森井洋介。兼ねてより希望していた強豪タイ人との対戦。ヨードワンディーはタイの最前線でトップ選手と鎬を削り、6月に行われたNO KICK NO LIFEで梅野源治と引き分けるなど、文句なしの強豪選手。大一番を控える森井洋介の「KNNOCK OUT vol.0」へに対する思いや意気込みは?という質問の前に、森井選手とはどんな人なのかを探るべくインタビューを行いました。

森井洋介vsヨードワンディー

ずっと格闘家になりたかった

まずは、キックボクサーになった理由は?

「小学生の頃から格闘技というもの自体が好きで、ずっと格闘家になりたかったんですよ。K-1をテレビでずっと見ていて、2002年に軽量級のK-1MAXが始まった。自分と体格が近い選手が戦っていて、特に魔裟斗選手に魅力を感じ、かっこいいなと思ってキックボクサーになろうと思った。」

森井洋介

森井洋介は1988年生まれ。多感な10代前半の頃には、格闘技ブームの中、地上波でK-1が大々的に放送され社会現象にもなっていた時代。少年時代の森井洋介も影響を受けキックボクサーを志した。

「プロのキックボクサーになると明確に決めたのは中学2年生のときです。中学1年生の頃から将来格闘家になりたいとは思ってたので、筋トレはずっとやっていましたが漠然としていて。」

森井洋介の出身は長野県上田市。都内と違い通える距離にジムはなく、しかたなく学校の部活でサッカーをしていた。守るポジションはキーパー。当時世界NO.1のキーパーと評されたドイツのオリバー・カーンの技術を超越した、”守護神”という雰囲気に憧れた。ただ、一番やりたい競技ではなかったからか、サッカーにはあまり身が入らず、学校で友達とだらだら遊んでるほうが楽しかったそう。筋トレはずっと続けていたので、体力は有り余っていて、荒れてるとは全く違う、ただ元気がいい生徒だった。

ヒジありルールに魅力を感じた

キックボクシングを始めたのは高校生になってから。地元にキックボクシングのジムがなかったので、バイクの免許を取得し、片道1時間の距離を毎日学校が終わってから通った。

森井洋介

「K-1を見てキックボクサーになりたいと思ったんですが、当時CSのGAORAで放送されていた全日本キックボクシングを見てどっぷり嵌った。ルールはヒジありで行われていて、ヒジなしのルールよりも魅力を感じて、このリングでトップに立ちたいと思うようになってました。」

当時の全日本キックボクシングでは、森井洋介と同郷の元祖”野良犬”小林聡がイベントのエースとして活躍していた。当時通っていたジムの代表が、小林聡の先輩にあたり、将来そのツテで東京のジムに渡る。

自分で決めた道なので、苦しさも我慢できた

高校生となった森井洋介は、既に将来の目標を固め、野菜の荷卸しのアルバイトで月謝を稼ぎながらジムに通い続ける。学校、アルバイト、ジムと忙しい毎日だったが、辛いとは感じても、続けるのが難しいと感じることはなかったそう。

「学生時代から人より体力は人一倍あったんですよ。肉体的なところもだし、精神的なところも。人が苦しいと感じることがあっても、目的に沿ってのものであれば我慢できた。それに、物心ついたときから負けず嫌いで、自分がやりたくて始めたことを、辛いかという理由で自分から諦めるという考えは初めからなかった。」

森井洋介が武器とする、3分5R、パフォーマンスを落とさず動き続ける強靭なスタミナと、リング上で劣勢になっても放ち続ける強烈な殺気がどこから生まれているのか。その一端を感じた。

part.2に続く
http://www.knockout.co.jp/news/interview/20161019_morii-part2/

「KNOCK OUT vol.0」12月5日(月)会場18:00 開始19:00
会場:TOKYO DOME CITY HALL

チケットぴあ:http://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=1646550

イベント詳細http://www.knockout.co.jp/event/161205/